【弁護士執筆】従業員に会社指定の医師の受診を命令(受診命令)する根拠と応じない場合の対応
1 受診命令(受診指示)とは
受診命令とは、会社が従業員に対して、会社が指定する病院等の医療機関や医師の診断を受けることを指示するものです。
受診命令が必要となる典型的な場面としては、メンタルヘルスの不調等により勤怠が不安定な従業員に対して主治医以外の診察を受けてほしい場合や休職から復職する際の従業員のかかりつけ医の診断書に疑念が生じている場合が挙げられます。
2 受診命令の法的根拠
(1) 直接的な法令に基づく根拠
会社の受診命令を法的に直接認める法令は労働安全衛生法第66条以外には存在しません。
労働安全衛生法第66条により、会社は労働者に対して医師による健康診断を受診させる義務を負っています。なお、同法第5項ただし書きにより、労働者は、会社が指定した医師または歯科医師が行う健康診断を受けることを希望しない場合には、他の意思または歯科医師が行う健康診断を受け、その結果を証明する書面を会社に提出することができます。
(2) 会社と従業員間(労使間)の合意
上記のとおり、法令に基づき直接医師の診断を求める根拠は存在しませんが、労働契約の内容は労使間(会社と従業員間)の合意によって定めるものであるため、労働契約の内容を構成する労働契約または就業規則において、会社指定の医師の診断を指示する内容が含まれていれば、労働契約または就業規則に基づき、受診命令を行うことができます。
(3)雇用契約及び就業規則に明示的な受診命令に関する記載がない場合
労働契約及び就業規則のいずれにも会社の指定する医師の受診を命ずることが出来る明示的な記載がない場合には受診命令を行うことはできないのでしょうか。
この点について、同様に就業規則に明示的に受診命令を可能とする根拠が記載されていなかった京セラ事件(東京高判昭和61年11月13日労判487号66頁)では、
「(略)労使間における信義則ないし公平の観念に照らし合理的かつ相当な理由のある措置であるから、就業規則等にその定めがないとしても指定医の受診を指示することができ(略)」
ると判示している。
また、前述の労働安全衛生法第66条5項ただし書きについては、
「労働者に対し自己の身体に接する者を選択する自由権を一般に保障するという趣旨ではなく、あくまで法定の健康診断(以下、「健診」という。)についてのみその固有の理由に基づき労働者に認められた権利である。従つて、本件のような法定外健診の場合は右六六条五項但し書は妥当せず、逆に使用者の安全配慮義務の外延として信義則上受診義務が肯定されるのみならず、企業は企業秩序を維持確保するため具体的に労働者に指示命令をすることができるのである。」
と判示している。
以上のとおり、京セラ事件の判示を参考にすれば、労働契約及び就業規則に受診命令に関する明示的な根拠がなくとも、受信命令を出すことが可能とも考えられますが、疑義を避けるためにも就業規則に明示しておくことが望ましいといえます。
3 受診命令に応じない従業員の対応
会社から適法に受診命令を出すことが出来た場合であっても、従業員が素直に受診命令に従うとは限りません。というのも、仮に受診命令に従い、休職する必要があるという趣旨の診断が出てしまうことを恐れているためです。休職期間満了時までに復職すれば自然退職にはならず、即時に解雇されることも基本的にはないものの、キャリアに空白期間が生まれることがキャリア形成上支障になり得ること、休職期間中に実務上の事実上のポジションを奪われてしまうこと、休職期間中に無給(傷病手当金の受給を除く)となること等を懸念せざるを得ないのも実情です。
従業員が上記の懸念等に基づく受診命令に応じない場合には、受診命令という業務命令に違反したことを理由に懲戒処分をすることが考えられます。
懲戒処分の適切性については、受診命令を出すまでの経緯(従業員との面談の回数・内容、従業員の勤怠やパフォーマンスの安定度等)、従業員が受診命令を拒否した理由の正当性等を踏まえて判断されます。
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