【弁護士執筆】東京都カスタマーハラスメント防止条例(カスハラ防止条例)の解説及び事業者のカスハラ対応

【弁護士執筆】東京都カスタマーハラスメント防止条例(カスハラ防止条例)の解説及び事業者のカスハラ対応
目次

1 東京都カスタマーハラスメント防止条例

2024年10月4日、東京都議会にて、カスタマーハラスメントを防止する条例(東京都カスタマーハラスメント条例)が可決され、2025年4月から施行されることとなりました。

東京都カスタマーハラスメント条例は、カスタマーハラスメントの防止に関して定められた全国初の条例となります。

本記事では、2024年7月に産業労働局が公開した「東京都カスタマーハラスメント条例(仮称)の基本的な考え方」及び「「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」への意見募集結果」の内容を中心に、東京都カスタマーハラスメント条例の概要を解説します。

2 カスタマーハラスメントの傾向

近年、カスタマーハラスメントによる被害が増加傾向にあります。

厚生労働省が2020年に実施した企業調査(令和2年度 厚生労働省 職場のハラスメントに関する実態調査)では、企業が顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談を受けた件数の傾向について明らかになっています。具体的には、従業員からの顧客等からの著しい迷惑行為に関する相談が増加していると回答している企業が、減少していると回答している企業よりも多いという結果が出ています。

出典:「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」 厚生労働省

上記の実態調査の結果等を受け、厚生労働省は、2022年に「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を公開しています。

また、2024年4月には、東日本旅客鉄道株式会社が「カスタマーハラスメントに対する方針」を公開するなど、民間企業においてもカスハラ対策への体制整備とその社外への公表が進みつつあります。

社外向けにカスハラ対策に関する方針が公表されることは、民間企業としてもカスハラに対して厳正に対処していく姿勢を示すものといえ、カスハラが事業運営に与える負の影響が大きいことを示唆しています。

3 「東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」の解説

(1)制定の趣旨

東京都カスタマーハラスメント条例の制定目的に関しては以下の記載があります。

東京都では、顧客等と働く全ての人とが対等な立場に立って、互いに尊重し合う都市を作り上げるとともに、カスタマーハラスメントのない公正で持続可能な社会を目指していくため、全国初となる、カスタマーハラスメントを防止するための条例の制定を目指しています。

(公正で持続可能な社会の実現へ)
〇 顧客等と働く全ての人とが対等な立場に立って、互いに尊重し合うとともに、カスタマーハラスメントのない公正で持続可能な社会を目指していく。

出典:「東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p2及び7

カスハラは顧客等が事業者よりも優越的な地位にあるかのように振る舞うものであることが多いため、事業者と顧客等が「対等な立場」であることを明確にする趣旨が含まれています。

「お客様は神様ではない」ということが明確に示されています。

(2)制定の目的・理念

東京都カスタマーハラスメント条例の目的・基本理念は以下のとおりであるとされています。

【目的】
〇 カスタマーハラスメントの防止に関し基本理念を定め、東京都、顧客等、就業者及び事業者の責務を明らかにするとともに、施策の基本的な事項を定める。

○ 顧客等の豊かな消費生活、就業者の安全及び健康の確保、事業者の安定した事業活動を実現し、公正で持続可能な社会の形成を促進する。

【基本理念】

○ カスタマーハラスメントは、就業者の人格又は尊厳を侵害し、就業者の就業環境を害するとともに、事業者の事業の継続に影響を及ぼすものであり、社会全体でカスタマーハラスメントの防止を図る必要がある。

○ カスタマーハラスメントの防止に当たっては、顧客等と就業者とが対等の立場に立って、相互に尊重する。

出典:「東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p8

制定の趣旨同様に、事業者と顧客等が対等な立場であることに加え、カスハラが就業者(※)の人格又は尊厳を侵害し就業環境を害するものであること、事業者の事業の継続に影響を及ぼすものであることが示されています。
※就業者は、都内で仕事をする全ての個人であり、都民か否か、 従事する期間、就業の形態を問いません。また、都外であっても、事業者の行う事業に関連する業務に従事している場合は、就業者に含まれます。

カスハラには後述のとおり様々な種類がありますが、一般的に多く見受けられるのが暴言の類でしょう。顧客等からひどい暴言を浴びせられることで就業者が精神的に傷つくことはいうまでもありません。そのような暴言を浴びせられたことで就業者が休職や退職するなどして、就業自体に支障が生じる可能性も当然あります。

大企業において一人または数名の就業者が特定の業務から外れたとしてもすぐに事業運営に支障が生じる可能性は高くありませんが、零細企業や個人事業主が運営する店舗等では一人欠員が生じることで事業運営が困難になる可能性は大いにあります

例えば、個人事業主が経営する小規模な飲食店においては、ただでさえ人不足によって特定の曜日や時間の営業が行えない店舗が発生しているにも関わらず、カスハラによる人不足により更に営業時間が短縮されることは事業運営そのものを断念せざるを得ない可能性すらあります。また、カスハラを行う顧客等が来店することによって他の顧客等が来店を控える等の影響も懸念されます。

カスハラは攻撃対象となった就業者に被害が及ぶだけではなく、その就業者が働く事業そのものの運営に大きな影響を与えるものであることが明記されているものといえます。

(3)カスハラの定義

カスハラとは、「顧客等から就業者に対する、著しい迷惑行為であり、就業環境を害するもの」であると定義され、「著しい迷惑行為」とは「暴行、脅迫その他の違法な行為又は正当な理由がない過度な要求、暴言など不当な行為」と定義されています(「東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p9)

そいて、「著しい迷惑行為」の具体的な内容として以下が例示されています。

⑴ 違法な行為
 暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱、業務妨害、不退去 他
⑵ 不当な行為
 申出の内容 又は 行為の手段・態様 が社会通念上相当であると認められないもの
 ※ 社会通念上の相当性は総合的に判断
 代表的な行為の類型(指針(ガイドライン)への記載を想定)
 ○ 申出の内容が相当と認められない場合の例
 ⑴ 事業者の提供する商品・サービスに瑕疵・過失が認められない場合
 ⑵ 申出の内容が、事業者の提供する商品・サービスの内容とは関係がない場合
 ○ 行為の手段・態様が社会通念上相当と認められない場合の例
 ⑴ 身体的な攻撃 ⑵ 精神的な攻撃 ⑶ 威圧的な言動 ⑷ 土下座の要求 ⑸ 執拗な言動
 ⑹ 拘束的な行動 ⑺ 差別的な言動 ⑻ 性的な言動 ⑼ 従業員個人への攻撃 等

出典:東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p9

「著しい迷惑行為」は違法な行為と不当な行為の二つの類型に分けられています。

実際の現場で判断に迷うのは不当な行為に分類されるものと予想されます。実際に、「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」への意見募集結果」においても、具体例を挙げてほしいといった意見が出ているところです。

上記にも記載されているとおり、具体的な行為類型は指針(ガイドライン)にて示されていく予定のため、それらを参考にしつつ該当性を判断することになります。

とはいえ、業種ごとによって顧客等から受けるカスハラの種類に差が生じ得ること、事業者にも一定の過失が認められる場合のカスハラの判断基準は変わり得ることから、指針(ガイドライン)を踏まえつつ各事業者ごとに内部指針の様なものを作成するのが良いでしょう。

なお、「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」への意見募集結果」における都の考え方において、「• カスタマーハラスメントを未然に防ぐ方法として、業界共通のマニュアル等も有効と考えており、今後、条例案と合わせて、検討していきます。ハラスメントに関する個別法については、施策を推進する中でも啓発していきます。」との記載があるため、業種別の対応マニュアルの整備が進む可能性があります。

(4) カスタマーハラスメントの禁止と顧客等への配慮

条例においてはカスハラの禁止が明示的に定められます。

一方で、カスハラの禁止を唄って顧客等の正当なクレームを不当に制限することを防ぐため、「顧客等の権利を不当に侵害しないように留意する。」との記載がなされています。

これはカスハラに限らず他のハラスメントにおいても同様です。

例えば、職場において業務上のミスが発生した場合に、上司が適切な内容・方法で指導することはパワハラには該当しません。指導されて嫌な思いをしたといった理由でパワハラが認められません。カスハラにおいても同様に、事業者が顧客等からクレームを受けたからといって、その正当性を判断せずに直ちにカスハラとして取り扱うことはできないということになります。

なお、顧客等の権利は、「消費者基本法、消費者教育推進法、障害者差別解消法、表現の自由など」を含む旨が明記されていますが、これらに限定されるものではありません。

(5) 各主体の責務

ア 東京都による措置

東京都、顧客等、就業者、事業者それぞれがカスハラ防止のために必要な協力を行う旨が定められています。カスハラ防止は、関係し得る当事者全てが協力することで実現するものであることを前提としたものになります。

(6) カスタマーハラスメントの防止

前述のとおり、東京都はカスハラ防止に関する指針(ガイドライン)を定めることとされています。その指針(ガイドライン)では以下の事項の記載が想定されています。

なお、条例には罰則は定められず、指針により実効性を高めるものとされています。

〇 カスタマーハラスメントの内容に関する事項
〇 顧客等、就業者、事業者の責務に関する事項
〇 都の施策
・都の責務
・カスタマーハラスメント防止施策の推進

〇 事業者の取組
・必要な体制の整備
・カスタマーハラスメントを受けた者への配慮
・カスタマーハラスメント防止のための手引(マニュアル)の作成
・その他の措置

〇 その他カスタマーハラスメントを防止するために必要な事項

出典:東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p14

また、東京都は、カスハラに関する情報提供や理解を深めるための啓発・教育、中小企業等に対する専門家による相談・助言等を施策例として挙げています。

イ 事業者による措置

事業者は、カスハラ防止のための体制整備、カスハラによる被害を受けた者への配慮、カスハラ防止のためのマニュアル作成等の措置を講ずるよう努める旨が記載されています。

措置の詳細は指針(ガイドライン)にて定められる予定ですが、下記が想定されています。

⑴ 相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
・相談先(上司、職場内の担当者)をあらかじめ定め、これを就業者に周知する
・相談を受けた者が、あらかじめ定めた留意点などを記載したマニュアルに基づき対応する 等
⑵ カスタマーハラスメントを受けた就業者への配慮のための取組
・事案に応じ、カスタマーハラスメント行為者に複数人で対応することやメンタルヘルス不調への相談対応 等
⑶ カスタマーハラスメントを防止するための取組
・カスタマーハラスメント行為への対応に関するマニュアルの作成や研修を行う 等
※ 業界団体が作成したマニュアル(都も共通マニュアルを作成)を参考とすることを推奨
⑷ 取引先と接するに当たっての対応
・立場の弱い取引先等に無理な要求をしない、取引先の就業者への言動にも注意を払う
・自社の社員が取引先でカスタマーハラスメント行為を疑われ、事実確認等を求められた場合は協力する 等
※ 関係法令・告示・厚生労働省の「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」に沿って内容を検討

出典:東京都カスタマーハラスメント条例の基本的な考え方」 p16

前述のとおり、指針(ガイドライン)が公表された後に、各事業者においてより詳細なマニュアルの作成を行うことが望ましいでしょう。特に、顧客等に対してどのうような発言で対応すべきかについては、具体的なトークスクリプトの作り込まで行うことが望ましいでしょう。カスハラを受ける場面に置いては就業者が精神的に追い込まれており冷静な対応が難しいことも多いため、現場で複雑な思考を求めない対応が良いと考えられます。

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