名誉権侵害に対する金銭賠償以外の謝罪広告等の要求
1 名誉権侵害に対する金銭賠償以外の請求
(1) 名誉権侵害に対する金銭的な賠償以外の「適当な処分」の必要性
インターネット上の誹謗中傷によって名誉権を侵害された場合、名誉の回復のために謝罪文の掲載を要求することができます(民法723条)。金銭的な賠償以外に被害回復の方法が用意されているのはなでしょうか。具体的な事例をベースに考えてみましょう。
例えば、「Aさんは横領をした」という事実無根の記事がインターネット上に掲載された場合を考えてみます。その記事を見た人は、「Aさんが横領をしたこと」が事実であると誤解をしてしまい、「Aさんは横領という悪い行為をするような人なんだ」と考えてしまいます。それによってAさんの社会的評価は低下します。
Aさんとしては、事実無根の記事を掲載され名誉権を侵害され嫌な思いをするため、当然に精神的な損害を被ります。その損害に対しては、金銭的な賠償によって一定の被害回復がなされることになります。
もっとも、その記事を見た人達は「Aさんは横領した人だ」と認識したままなので、Aさんに対する社会的評価は低下した状態であることに変わりはありません。金銭的な賠償では低下した社会的評価の回復はなされないのです。
そこで、民法723条では、名誉権を侵害された場合には、損害賠償請求だけではなく、その他に名誉を回復するために適当な処分を命ずることが出来るとしています。
(名誉毀損における原状回復)
第七百二十三条 他人の名誉を毀き損した者に対しては、裁判所は、被害者の請求により、損害賠償に代えて、又は損害賠償とともに、名誉を回復するのに適当な処分を命ずることができる。
(2) 名誉権を回復するための「適当な処分」の具体的例
名誉権侵害に対して金銭的な賠償以外の処分を求めることは出来るとしても、具体的にはどのような処分が考えられるのでしょうか。以下に3つの処分を想定して考えてみます。
まずは、記事に記載された内容が誤りであることを訂正するための訂正記事の掲載が考えられます。(1)に記載したケースで考えると、以下の内容の記事を掲載することになります。
「Aさんが横領した事実はありませんでした。」
次に、事実の訂正に加えて、誤った記事を掲載したことに対する謝罪文の交付することが考えられます。(1)に記載したケースで考えると、以下の内容の文章をAさんに対して交付することになります。
「Aさんが横領した事実はありませんでした。誤った事実を記載してしまい、大変申し訳ございません。」
更に、謝罪文を社会に公表すること、つまり、謝罪広告を掲載することが考えられます。(1)に記載したケースで考えると、以下の内容の文章を社会に対して公表することになります。
「●年●月●日に、●●に掲載した「●●」という記事において、「Aさんは横領した」との記載をしましたが、Aさんが横領した事実はありませんでした。Aさんに関する誤った事実を記載してしまい、大変申し訳ございません。」
以上のとおり、名誉権を回復するための「適当な処分」としては複数の方法が考えられますが、事実の訂正を超えて、謝罪広告まで求める場合には実際に認められるためのハードルが高くなります。低下した社会的な評価の回復という観点からは、事実の訂正が重要なポイントであると考えられるためです。
過去の裁判例(東京地判平成25年1月15日判タ1419号99頁・判時2219号59頁)ても、謝罪広告は認められなかったものの、謝罪文の交付までは認めたものがあります。
名誉権を侵害された場合に金銭賠償を超えて「適当な処分」を求める場合には、訂正記事の掲載に、謝罪文の交付、謝罪広告の掲載のいずれのレベル感のものを求めるのは十分に検討する必要があります。
2 謝罪文を要求するための要件(条件)
民法723条では、「名誉を回復するために適当な処分を命ずることが出来る。」とされているため、謝罪文や訂正記事の掲載を求めるためには、それらが「適当な処分」であることが必要になります。
実際の裁判において、「適当な処分」は金銭賠償に対する補充的なものと考えられている傾向があるので、実際にその処分が認められるハードルは、求める処分の内容にもよって異なりますが、低いものとはいえません。
条文上、「損害賠償に代えて」との文言があることから、損害賠償の補充的なものと位置付ける必要は必ずしもないように思われますが、裁判例の傾向は意識する必要があると言えます。
3 まとめ
名誉権を侵害された場合には、金銭賠償のみを請求するのか、金銭賠償に代えてor加えて訂正記事・謝罪文の交付・謝罪広告の掲載まで求めるのかを検討する必要があります。
いずれの選択肢が望ましいのかは、名誉権を侵害した記事の閲覧数や影響度合いを考慮して決めることになるでしょう。仮に名誉権を侵害する記事がXで拡散されたような場合には、短時間に数万~数十万PVに達することも珍しくありません。まずは、PV数などの客観的な影響度合いを把握する数値を出発点に考えると良いです。
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