【条項例付】秘密保持契約書(NDA=Non Disclosure Agreement)のレビューポイント
1. 秘密保持契約書(NDA)とは
秘密保持契約書とは、取引を開始する前に、相互に開示する情報を秘密として保持することを約束する契約書です。
要は、「これから打合せでお互いに開示する情報を他の人には秘密にしてね」という約束をする書面です。
ビジネスの現場においては、「Non-Disclosure Agreement」を省略して、「NDA」と呼ばれることが多いです。
2. 秘密保持契約書を締結する目的
取引先と商談をする際には、一般に公開している情報だけではなく、自社のビジネスの詳細な内容や社外に公表していないノウハウ等を開示する必要があります。
そのような重要性や機密性の高い情報は、取引先が商談を検討する目的や、委託した業務を遂行する目的以外に利用されてしまうと非常に困ります。
そのため、取引先に重要な情報を開示する前にNDAを締結し、開示する情報の利用目的や開示の範囲を制限することが一般的になっています。
3. 秘密保持契約書の条項例
秘密保持契約書で定める事項はケースバイケースですが、一般的には以下の事項を定めます。
① 秘密情報の開示目的
② 秘密情報の定義
③ 秘密情報の除外規定
④ 秘密保持義務の例外規定
⑤ 秘密情報の目的外使用の禁止
⑥ 秘密情報の複製
⑦ 秘密情報の破棄又は返還
⑧ 損害賠償
⑨ 差止め
⑩ 有効期間
⑪ 管轄
≪参考≫ 経済産業省が公表している「秘密情報の保護ハンドブック」の「参考資料2 各種契約書等の参考例」には、NDAの雛形が掲載されています。
4.条項例の解説
※実際に契約書で使用する例文を簡略化しているため、そのまま使用可能な文章ではありません。
(1)秘密情報の開示目的
第●条(開示目的)
甲及び乙は、●●事業(以下「本事業」という)に関連する協業に関する検討を目的(以下「本目的」という)として相互に情報を開示する。
情報の開示目的は冒頭に記載することが実務上多くなっています。
開示目的を明確にすることで、開示した情報が使用可能な範囲を限定することができます。
スタートアップ/ベンチャー企業が、エンジェル投資家、VC、CVC等から出資を受ける際に情報開示する場合には、「株式会社●●に対する投資検討」等が目的として定められることが一般的です。
特定の業務を委託/受託するために使用するNDAを他の場面でも流用しているケースが散見されます。
この場合、契約書内には特に定義付けされずに「本件業務」というワードが入っていることが多いです。
何を指しているか不明な用語が契約書内に入らないように気を付けましょう。
NDAはその使用するシチュエーションによって内容が異なり得るものなので、安易な流用は避けることをおススメします。
(2)秘密情報の定義
≪Aパターン≫ 第●条(秘密情報)
本契約において、秘密情報とは、開示者が秘密である旨を明示して開示した情報をいう。
≪Aパターン≫は、情報を開示する当事者(開示者)が開示した情報のうち、秘密である旨が明示された情報のみを「秘密情報」として取り扱います。
商談においては双方から多くの情報が開示されます。
開示された全ての情報を秘密情報として扱う必要があるとすると、受領した情報を全て機密として管理する必要があり、その情報管理に煩雑さが伴います。
そのため、秘密情報として管理する対象を限定することは合理性があるものとなります。
例)システム開発業務を受託するケース
≪Bパターン≫ 第●条(秘密情報の定義)
本契約において、秘密情報とは、その媒体の如何を問わず開示者が開示した一切の情報をいう。
≪Bパターン≫は、情報を開示する契約当事者(開示者)が開示した情報の全てを「秘密情報」として取り扱うものです。
≪Aパターン≫とは異なり、秘密として管理する情報に限定が付いていません。
自社が情報を受領する場面においては情報の管理コストの観点からはデメリットがあります。
一方で、自社が情報を開示することがメインである場合には、開示する情報に㊙マークやconfidential表示を付けなくても良いという意味では情報開示を心理的にも物理的にも気楽に行うことができるというメリットがあります。
例)エンジェル/VC/CVCへの情報を開示するケース
デザイン制作業務を制作会社やフリーランスに委託するケース
(3)秘密情報の除外規定
第●条(秘密情報からの除外)
第●条に定める秘密情報からは、以下の各号に該当する情報を除くものとする。
(1)開示された時点において、受領者がすでに了知していた情報
(2)開示された時点において、すでに公知であった情報
(3)開示された後に受領者の責めに帰すべき事由によらずに公知となった情報
(4)開示者に対して秘密保持義務を負わない正当な権限を有する第三者から、受領者が秘密保持義務を負うことなく適法に取得した情報
(5)受領当事者が独自の開発活動を行った結果取得した情報
開示者が秘密である旨を表示した情報であっても、既に誰に対しても公開されているような情報を秘密情報として取り扱うことは適切ではありません。
秘密情報として取り扱うことが適切ではない情報を列挙し、該当する情報は秘密情報をAパターン/Bパターンどちらの定義にしても秘密情報から除外することが一般的です。
(4)秘密保持義務の例外規定
第●条(秘密保持)
甲及び乙は、秘密情報を秘密として保持し、相手方の事前の書面による承諾を得ずに、第三者に開示または漏洩してはならないものとする。ただし、受領者は、本目的のために必要な範囲において、受領者の役員及び従業員、関係会社の役員及び従業員、並びに、本目的に関して受領者が依頼する弁護士、公認会計士、税理士その他のアドバイザーに対して、秘密情報を開示することができるものとする
秘密保持義務を定めると共に、秘密保持義務が解除される場合を限定的に記載することが一般的です。
特に注意すべき事項は、関係会社への開示の有無とアドバイザーや業務委託先への開示です。
特に、スタートアップ/ベンチャー企業においては、フリーランス等の外部の事業者と密に連携して事業を進めていることも多いため、開示に必要な承諾は事前に取得するように注意する必要があります。
(5)秘密情報の目的外使用の禁止
第●条(目的外使用の禁止)
甲及び乙は、秘密情報を本目的以外の目的に使用してはならない。
冒頭で定めた秘密情報の開示目的以外には秘密情報を使用してはならないことを定めます。
投資検討目的で開示した情報を、新規事業創出目的で使用されたりすることなどを防止する目的があります。
(6)秘密情報の複製
第●条(秘密情報の複製)
甲及び乙は、秘密情報を本目的達成に必要な範囲で複製することができる。なお、複製した媒体も秘密情報として取り扱うものとする。
必要な範囲における秘密情報の複製を許容する定めです。
重要性の高い情報については、複製に関して事前承認制としたり、複製方法等に制限を付けることも考えられます。
(7)秘密情報の破棄又は返還
第●条(秘密情報の破棄又は返還)
甲及び乙は、本契約が終了した場合、または相手方から要求された場合には、相手方の指示に従い、秘密情報(複製物も含む)を返還または破棄するものとし、返還または破棄を証する書面を提出する。
契約が終了した場合や相手から要求があった場合には、秘密情報の返還または破棄を行うことがあります。
紙媒体でも電子媒体でも複製が容易なため相手方が全ての情報の記録媒体を返還・破棄してくれているかを現実に確認することは難しいです。
そのため、全ての情報を返還・破棄したことを証する書面の提出義務を課すことで一定程度のケアを図ります。
(8)損害賠償
第●条(損害賠償)
甲及び乙は、本契約に関し、故意または過失によって相手方に損害を与えた場合には、当該損害を賠償する義務を負う。
通常の契約と同様に損害賠償義務を定めるものです。
NDA違反の場合には、情報漏洩による損害の立証のハードルが高いことが多いと考えられるため、被害回復の手段として損害賠償請求の実効性にはやや疑問があるところです。
損害の範囲を限定する際には、損害の定義を定める方法や上限額を付ける方法があります。
業務委託契約の場合には、損害の上限額を「受託者が委託者から受領した業務委託費用」とするケースがありますが、NDAの場合には具体的な金銭授受が発生するわけではないので流用することは難しいところです。
(9)差止め
第●条(差止め)
甲及び乙は、相手方が本契約に違反し、または違反するおそれのある場合には、差止め、または差止めにに関わる仮の地位を定める仮処分を申し立てることができる。
秘密情報の漏えいや目的外の使用が懸念される場合には、その差止めを行う権利を定めることがある。
(10)有効期間
第●条(有効期間)
本契約の有効期間は、●年●月●日から1年間とする。ただし、有効期間満了の1ヶ月前までにいずれの当事者からも何らの意思表示なき場合には、同一条件にて更に一年間更新されるものとし、その後も同様とする。なお、契約終了後も、第●条の規定は(●年間)有効に存続するものとする。
契約の有効期間の設定や、契約終了後の秘密保持義務の存続期間は秘密情報の管理上重要性の高い部分のため、社内で一定の期間(5年等)を定めて契約毎に年数が変動しない形で運用すると管理もしやすいところです。
取引先の要望で秘密保持の義務の期間を短くせざるを得ない場合には、開示する情報の種類や粒度に気を付けましょう。
(11)管轄
第●条(管轄)
本契約に関連する一切の紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
管轄条項は、紛争になった際にどの裁判所でその解決を図るかを定めるものです。
利用可能な裁判所を特定の裁判所に限定する趣旨(「専属的合意管轄」といいます)で記載されることが一般的ですが、特定の裁判所に限定する記載が漏れているケースや、他社の契約書の記載を流用したことで自社の本店所在地や支店の所在地とは無関係の裁判所が記載されているケースがあります。
自社にとってアクセスの良い場所は、通常、本店所在地を管轄する地方裁判所になります。
もっとも、本店所在地よりも支店の方にリソースが集中している場合や本店所在地から離れた場所に所在する法律事務所と顧問契約を締結している場合には、本店所在地以外を指定する方が良いこともあります。